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2011年7月1日星期五

地震・帰宅難民・働くハハ その2

前回までのあらすじbleah
突然の震度5強の地震で、首都圏の電車は全て麻痺。横浜在住・夫婦そろって都内勤務・実家のサポートなし家族・・・・ 父母ともに帰宅難民化した時、子どもたちはどうなったのか!?

・・・・なんちて。
今回も長いので折りたたみます。

大阪からですかー、大変でしたねー、なんて他愛もない話をしながら、何だか肩の力が抜けてきたのがわかった。・・・私、緊張してたんだなぁ。。。と初めて自覚。

そんな折、息子のともだちかーさんから電話。
何てこった!歩いて帰宅中なのを聞いて、幹線道路の途中まで来てるから、迎えに来てくれるらしい!ああもう、ありがたい!既に一晩かけて歩いて帰る覚悟だっただけに、車が見えた時はホント泣くかと思いますた。。。。
同じくお迎え・お送りで道路は想像以上に混雑。ご子息たちは眠くて爆睡してて、申し訳ないと思いつつ、本当にありがたかったです・・・・

そんなこんなで、家にたどり着いたのはすっかり日付も変わった1時半ごろ。その頃には停電も解消されていて、自宅は引き出しが飛び出ていたくらいでさして大きな被害もなく、とにかくほっとしてヘタヘタ座りこんじゃったのでした・・・・

それぞれ別々のお宅に預かってもらってた坊主たちは、やっぱり不安で熟睡できていなかったらしく、両方とも起きちゃったそうなので、遅かったけど迎えに行きました。迎えに行った先で、半泣きでご対面。私も不安だったが、坊主どもも相当不安だったらしい。すまん。遠距離通勤、やっぱり弱いよね。。。。

その後、動き出した電車で3時頃にオットも無事帰宅。眠いけれど興奮冷めやらず寝付けない坊主どもとともに、一駅先まで車で迎えに行き、ようやく家族そろって良かったねぇ良かったねぇと言いながら半泣きで朝を迎えたのでした・・・・・

そんなこんなで。
しばらくは電車の運行も不安定だし、仕事に行ったが最後いつ帰宅難民になるかとかなり不安な日々を過ごし、ASD(急性ストレス障害)のよーになってました・・・・

後になって冷静になってみれば、
1.年齢的にどーよというツッコミはおいといて、一応女性だし、危険も伴うし無理に帰宅すべきでなかった
2.おちびちゃんは保育園だからいいとして、一番難民化しやすい上の息子の行く先をきちんと決めておくべきだった
3.せっかく上の息子に携帯持たせてるんだから、災害伝言ダイヤルの使い方を親子で把握しとくべきだった
・・・・と反省。

普段から家の玄関に非常食と水は必ず常備してて、風呂水も必ず張ってる(←決して面倒なわけでなく)のだけど。いざとなってみると見落としやら、不備が結構あることに気付きました・・・・orz

ハハが仕事をしている留守家庭の脆弱さを改めて思い知った今回の震災。
小学生になって子ども一人でいる時間が増えるなら、かならず非常時にどこに連絡するか・どこに駆け込むかをきちんと親子で決めておくべきだと思いました。

とはいえ、もう二度とこんな大きな地震がないよう、心から祈るばかりです・・・・

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